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SS:覚えなきこと

覚えなきこと CP:雪華綺晶←薔薇水晶 ※擬人化

「お姉ちゃん……風邪引くよ。」

出来る限り控えめに肩を揺らすと
酒臭い赤ら顔がにこにこと笑った。

「いいの、だってベッドはすぐそこだもの。」
「ここ台所だから……。」

さすが酔っ払い、本気で言っているから始末に終えない。
なんとかリビングまで連れて行こうとするが、宥めすかしても
まったく動く気配がない。

「どうしたら動いてくれるの……。」
「きらきーちゃん……。」
「え?」
「きらきーちゃんって呼んで?」

壊れたレコードみたいにそればかり繰り返す。
酔いがさらに回ったのか、それとも年下をからかうのが面白いのだろうか。
彼女の性格を考えれば後者だろう。
大学では知らないが小中高と陰で言われ続けた性格ブス、狂人、不思議ちゃんという
数々の不名誉なあだ名の元は今も健在らしい。

「きらきーちゃん……。」

かといって本当に風邪を引かれても困るので仕方なくぼそぼそと呟くと
なぜだか分からないが一際嬉しそうに笑った。
それを眺めながらいい手はないかと考えていると、ぎょっとした。
シンク下の戸に背を預けて座り込んでいた体が、ずるりと横に滑って
勢いよく床に倒れそうになったからだ。
肩を掴んで慌てて支えると、首に腕を回されてそっと髪を撫でられた。
本格的に酔いが回ってきたのか、手が少し震えている。

「おねえちゃ」
「嬉しい……。」

それは名前を呼んだことか、抱きしめるように支えたことか。
髪を撫でていた手が後頭部に添えられて、引き寄せられると
ぐっと顔が近くなって、あまりに近すぎて瞬きを忘れてしまった。
初めてのキスは、唇がとても熱かった。



*



翌朝、彼女は何も覚えていなかった。

「ごめんなさい、薔薇水晶。枕とかお布団とか、クッションとかも
 お酒の匂い付けちゃって……。」
「別にいい。洗えばいいから。……お風呂入ってきたら?
 これ着替え。」

着替えを渡して脱衣所に押し込むと、リビングの隣にある
キッチンで朝食を作り始める。
といっても彼女の胃の具合もあるので量は控えめ、あっさり系。
この家のいつもの朝食で問題ないだろう。
朝はいつも洋食だといつか言っていた。



*



彼女は実の姉ではなく、父方の従姉妹にあたる。
始まりは一本の電話だ。
大学で飲み会があり、軽く顔出しして帰るつもりが
出来上がった同級生に捕まり終電を逃してしまい、
手持ちも心許ないので一晩世話になれないか、という内容だ。
相手は旧知だし一晩くらい、と思い了承の返事をすると
しばらくして家の前に一台のタクシーが止まった。
この時点ではちょっと顔が赤い程度で、そんなに飲んだようには見えなかった。
家には一人しかいないし、日付が変わったばかりだが今日は土曜日。
夜更かしして、久しぶりにしゃべり尽くすのも悪くないと思ったくらいだ。
が、そこからがひどかった。
家に上がった途端、顔は真っ赤になり、べろんべろんのへべれけ状態。
ある意味で見物といえば見物だった。
子どもの頃から無表情が常の自分と同じく、笑顔以外の表情を
見たことがない彼女のこんな姿を見たのは初めてだったからだ。
が、そんな愉快な気持ちも夜食を作る!と彼女が妙に張り切って
キッチンに足を踏み入れ盛大に崩れ落ちた瞬間
塵も残さず吹っ飛んだ。
咄嗟に動いて支えられたのは不幸中の幸いで、でなかったら
流血沙汰だったかも知れない。
そしてファーストキス事件を経て、リビングに敷いた布団に
なんとか寝かしつけることに成功した。
でも彼女はそれらを一切覚えていないのだ。

「薔薇水晶。」
「え、あ……。」

振り向くと予想通り、一番無難だと思って渡したTシャツと
ジャージのズボンという出で立ちだったが思考停止は止められなかった。
髪を完全に下ろしている姿なんて何年ぶりだろう。
丁寧に乾かし、櫛を通したウェーブのかかった髪は
やわらかい薄桃色の光を放ち、
酒が抜けた色白の肌は風呂上り特有の瑞々しさもあって、
元来のきめ細やかさが一層引き立ち、輝いて見える。

「お風呂ありがとう。着替えも……。
 なにか手伝うことある?」
「……じゃあ、ご飯テーブルに運んで。」

湯気の立つ白米をよそった茶碗を差し出す手は、昨日の
彼女と同じく少し震えていた。



*



「本当にごめんなさい。食事までいただいてしまって……。」
「別にいい。」
「料理、また上手くなった?この漬物美味しい。」
「ありがとう……。」

食事は一見和やかに進んでいたが、正直なところ気が気ではなかった。
昨日何があったのか聞かれたとき、誤魔化しきれるか分からないからだ。
だから注意深く回避しようとしていたが、やはりそうはいかない。

「……聞きそびれたけど、私昨日はどうだった?」
「すごい酔ってた……吐いたりはしてない。」
「そう……よかった。」

ただ、昨日のことを言う言わないにかかわらず
彼女にはどうしても伝えたいことが一つあった。

「飲み会って、男の人もいるの?」
「ええ、まあ。軽く話す程度だけど。」
「……気をつけた方がいいよ。」
「男の人?大丈夫、帰るのはいつも女性の友人だし……。」
「そうじゃなくて。」

なんと言うべきか、慎重に言葉を選ぶ。
失礼にならないように。
心配するように。

「お姉ちゃん、酔うと……すごいベタベタする。
 スキンシップ過剰になる。……抱きついてきたり。」
「……そんなことしたの?」

そして何よりも、この気持ちを悟られないように。

「私は…………平気だけど、男の人は勘違いする。
 だから、気をつけた方がいい。」
「……そうね、気をつける。」

誤魔化しきれたのか。
記憶がないのが幸いしたのか、それ以上聞かれはしなかった。
ほっとする。事故といえばそれまでだが、口に出すのは躊躇われた。

「……迷惑をかけたし、またあらためてお礼に伺うから
 何かお土産持ってくる。何がいい?」
「……お姉ちゃんが好きなもの。」
「白い薔薇でもいいの?」
「いいよ……花瓶ないけどね。」

そう、悟られないように。
白い薔薇を贈られる関係は、理想といえば理想だが
現実にはこうして軽口を叩ける程度が一番いい。
残念、とちっとも残念そうじゃない笑顔を
笑いなれないぎこちない笑顔で迎える関係が、きっと一番いい。



*



「お世話になりました。」
「いいえ……。」

玄関でお互い頭を下げ合う。
頭を下げた拍子に薄桃色の髪がふわりと揺れて、
それに乗って香水のいい匂いがした。

「結局何から何までお世話になってしまって恥ずかしい……。
 今度叔父様にもお礼言わないと……またお仕事?」
「……そう。」
「中学生なのに寂しくない?料理上手なのにもったいない……。」
「……しょうがない。」

親一人、子一人の家庭。
経済的にはまったく不自由ないが、父はいつも多忙で
家にいないことが多い。
職業柄か性格か、仕事場に一人で篭ることもよくあり
それが長期化するのもざらで、事実今日で丸一週間も顔を見ていない。
料理の腕も上がるというものだ。
でも、それだけに誰かのために腕を振るう機会もない。
仕様がないとは言うがそれを寂しくなかった、と言えば嘘になる。

「うちのお父様も全然帰ってこないの。」
「……お姉ちゃんは寂しいの?」

彼女の家もまた、父子家庭だ。
だが彼女の父はさらに多忙で不在が多く、年に一度会えるかどうか。
私ももう何年も会っていない。
彼女には姉妹がいるが、今は一人暮らし。
やはり寂しいと思うのだろうか。

「……どうかしら。一人暮らしは悪くないけど。」

どう思っているのは読み取れない。
彼女は姉妹との折り合いも悪かった。
実家は実家で、暮らしにくいのかも知れない。

「……料理してる?」
「少しは。でも栄養は多少偏ってるかも。」
「そう……お姉ちゃん、お土産、いい?」
「勿論、何がいい?」
「不死屋の苺大福。……お父様が好きだから。
 ……私も好きだし。」
「……私も好きよ。」

最後の台詞はちょっと危なかった。
ぽーかーふぇいす、ぽーかーふぇいすと念仏のように唱える。

「……今度お土産持ってくるときも泊まっていいし
 ご飯だけでも食べてけばいいし……。」
「……でも……。」
「というか、それだけじゃなくて、用がなくても来ていいし……。」

そこまで聞いて得心したのか、彼女の表情が華やいだ。
暗に、たまにうちに来ればいい、と言いたいのが
上手く伝わったようだ。

「それはお土産がないとだめなの?」
「……どうかな。」
「じゃあ白い薔薇ね。」
「だから花瓶はない……って……。」
「……嬉しい。」

いつもの軽口の応酬だと思っていた。
でも、軽口ごと抱きしめられてしまった。
玄関に靴を履いて立つ彼女の頭は、一段上に立つ私の肩あたりにある。
ふわふわの髪が首筋に当たってくすぐったくて身を捩った。

「あの、お姉ちゃん……。」
「嬉しいわ、本当に。」

一見して邪気のない笑顔に、彼女は招待に対して
純粋に賛辞を述べているだけだと分かった。
いきなり抱きつかれて、一瞬でも勘違いしそうになった自分が恥ずかしい。
これでは自分が忠告した男性となんら変わらないではないか。

「お土産、必ず持ってくる。」

人の葛藤など露知らず。
彼女は腰に回していた腕をするりと解くと、
手を小さく振りつつ扉の向こうに消えてしまった。
私には手を振り返す余裕などなく、扉を見つめながら
まだくすぐったさが残る首筋に手を当てるので精一杯だった。



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